プライベート

私に「踊り」があって心から良かったと思う

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ベリーダンスに出会ったと殆ど同時にプロのダンサーになろう!と思いました。

かなりぶっとんでるかも、だけど😁

地方に住んでいた私がDVDでしか見たことがない東京の憧れのトップダンサー。

この方にプロにして頂きたい‼️と。

初めてお会いしに行き、ひと目見て「本物だ!」と思った😊

そのくらいその方は私の憧れのダンサーでした。

他のダンサーの方に憧れの人はいなくて、生で見たことがないけれどその方だけが好きなダンサーでした。

お話する時間を作って頂き、会ったその日にプロになりたい熱意をお伝えしました。

今考えると、自分のしたことが凄い💦笑

今でもお会いした瞬間の事は忘れられないし、師匠はアイーシャ のあの時の熱意ははっきり覚えてるよ☺️と仰って下さってる(笑)

そして、それまで憧れだった雲の上のダンサーが私にとっての先生となり、今では私のダンスの母。

尊敬する師匠です。

それから毎週、国立市、渋谷、八王子、個人レッスン、師匠のクラスに全部通い、家では毎日5時間プロになる日まで必ず自主練しました。

師匠に、誰よりも自分が1番練習していると言い切れるくらい練習しなさい、と言われた。

まだ初めて1年程度で、プロの方々がレッスンされていた渋谷クラスに通い、クラスの中で当然誰より出来なくて、ついて行けてないながら必死にリズムを学び…よくわからず。ジルを学び…出来ず。

テクニックは不十分であっても辛くてレッスンについて行けてない、と思うことはオメデタイほどに無くて😅

それよりも「絶対プロになる!」志しと熱意が強かったので、テクニックについて行けてる!と思ってたぐらい勘違いなまでにプラス思考😅笑

というか、お師匠について行きたかった。

初めて辛い辛い壁にぶつかったのは4年目。

テクニックが全然ダメ。どう練習しても出来ない。ハフラでのパフォーマンス時はお客様や出演仲間が見ているのに師匠しか見えない。

師匠が見ている評価のことしか頭になくて、認めてもらえるパフォーマンスをしなきゃ💦と思う気持ちと上手く踊れない焦り…

4年目の時のソロパフォーマンスは悲しくて泣けるほど自分でもダメで、辛くて辛くて大きな壁から抜けることが出来ない4年目でした…

けれどその4年目。突然に‼️‼️

お師匠の仕事、新宿某ホテル某600人以上のパーティーでプロダンサーの先輩達との群舞を踊る機会。

私はそれまで1度も群舞で踊った経験がありませんでした。

そしてある結婚式の営業。師匠やプロの先輩達と踊らせていただく、夢のような機会が立て続けに2回。

お師匠の仕事に同行させてもらえるなんて本当に夢のような…

そしてすぐにプロになるオーディションを受けて合格し、全くの初心者からベリーダンスを始めて、4年10カ月の時にプロダンサーになりました。

合格通知のコメントはとても厳しい評価コメントでしたが、あの頃の厳しいご指導のおかげで私はこの仕事を続けてやってこれている根性があります。

最初の年は本当に師匠や先輩に迷惑をかける群舞パフォーマンスで…

ベリーダンスを初めてから今までで、プロ1年目が精神的に1番辛かった。病む感じで…

毎晩4カ月蕁麻疹に悩み…

プロと言っても今から思えば1年目なんて全然まだまだ。

プロになることは甘くないし、プロになったら本当に甘くない。

プロフェッショナルとは自分のパフォーマンスに対価を頂くこと。

合格した際に師匠から、今日から絶対に無償で踊らないこと! と言われた。

一流でありなさい、と。

この言葉に泣けるほど嬉しかった。

お金が欲しいとかではなくてです。対価がつく、という重みに。

でも、プロになりたい根性は強かったのにプロになった年はプロとしての根性もパフォーマンス力も弱く、精神的に腐って師匠を困らせまくった気がします…

レッスン中にヤンチャなことをしたり…今では師匠や先輩に笑い話にされていますが、手のかかる弟子は可愛いと後々仰って、私をイチから育てて下さった師匠には感謝しています。

今 私はプロとしてやれているという自信がしっかりあるので、今こそより一層に心から感謝しています。

師匠にお会いしていなければ、今の私はありません。

そして、私が夢を叶えるために小さかった人には色々と我慢をさせ犠牲になってもらい…家族の理解があってこそ出来たことでした。

プロになりたいと思ったきっかけであり私の志しの源であった人にも有り難く思っています。夢を叶える自分をその人に見ていてほしかったから途中で諦める事はなかった。

講師になる事を許可して頂き師匠から応援してもらい独立をして主宰スタジオを持ってからプロになって今8年目。

憧れだった雲の上のダンサーと仕事が出来て、普段会う機会はないけれど古巣には先輩や後輩・仲間がいて、長く付いてきてくれている生徒さん達に恵まれ、私の人生にダンスがあって本当に良かったと思います。

それでも大好きなダンスもプロになれば、楽しさではなく、仕事。

生徒さんがブログを読んでくれているので、これ本音で書いていいのかな〜😅笑

仕事となると…

踊りたくない日もあります(笑)

あー言っちゃた。

私の生徒さん達しっかりお仕事されている方が多いですが、体調や気分が乗らない日もあるかと思います。

私もそんな日があります😅

純粋に好きで楽しむわけにはいかない。

大好きだったもの(ダンス)を失ったような感覚になる時もあったり、アマチュアの頃のような踊りやテクニックの悩みではない悩みが多くなり(もちろんプロこそ勉強は大事でもっとテクニックを磨き続けなければならないのは当たり前だけど)

ダンスを好きだった自分はどこに行ったんだろう…みたいな日もある(笑)

そういうのも含め、結局いつもいつもダンスのことばかり考えています。

ダンスで生きてる!って感じで。本当にダンスが好きで、ダンスが生業で、ダンスのことならいくら悩んでもいい!と思う。

プライベートな時間にプライベートの友人と話をするよりも、ひとりで振付を作ったり、生徒さんと話をしたり、ひたすら踊ったり。

その方が私には好きな時間で。

同年代の女性…プライベートの友人には一見華やかに見える仕事をなかなか理解してはもらえない寂しさもあり、断然プライベートの付き合いが悪くなった気がする…

ダンサーになっても生き方や考え方は偏らないようにする!と思っていたけど、私は偏ってる(笑)

何年も毎日ダンスが頭の中を占め、心はもっと占めています。

趣味として社交ダンスを始めたのは、ダンスを純粋に楽しみだけで踊ってみることを初心者になってやってみたかった。

ダンスを「習う側」になりたかったのと、母が「毎日朝からずっと、夜に習いに行く社交ダンスの事が頭から離れなかった」と言っていたので、そんなにハマったダンスとはどのようなものか知りたかったからです。

両親がダンスで出会って結婚したので、私が小学生の頃踊る場所に連れて行かれ、当時20代だった両親が踊るのをバーカウンターの高い椅子から床に届かない足ブラブラで見てたな、、と思い出して😌

プライベートで傷付くような出来事があった時、社交ダンスを踊ると私はその事柄を忘れる。

レッスンが終わってから、傷ついた事案を思い出すことが面倒になる。もう一度傷ついたり落ち込んだりを考える心境や頭にならない(要は忘れてしまってる)程にダンスは楽しい!

先生との個人レッスン時間をまるまる撮影許可頂き、踊る自分の動画を客観的に見ました。

私、やっぱりダンサーだわ。上手いわ〜。センスを感じる。

自分で言うな(笑)自画自賛…笑🤣

実際は初心者なのでまだまだです!

でも動画見て自信持ってしまった😅

それは先生がお相手なのでご指導のおかげです。

社交ダンスはリードの男性が上手であれば女性は踊りやすい。私は今後も素人のダンスパートナーを持たず、先生とだけ踊ってご指導頂きたい。

社交ダンスも私の心をかなり占めています。

今後の仕事の課題は…コロナ渦の中でのショーについて模索していくこと、日頃のレッスンの質、弟子達とのステージ✨✨

ベリーダンサーとしての目標もあります。

今後の社交ダンスの夢は、上達するための工夫と努力。先生を信じてついていく。いづれ、先生と競技に出る。亡き母が取得していた社交ダンスの級に追いつく!

そういえば祖母は、人様の結婚披露宴に日本舞踊を披露しにたまに呼ばれていた人でした。お嫁さんの打掛を仕立てる仕事をしていたので踊りが仕事の人ではなかったけれど祖母の家には日本舞踊姿の大きな白黒写真飾ってあって、小さい頃に「キレイだなぁ」と思って見ていました。

祖母も母も亡くなるのが早かったので私がダンスを仕事にしたことは知りません。

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カラダが動くまでは踊っていたい。

私の人生にダンスがあって本物に良かった✨✨

 

 

 

 

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